コラム:AI時代のラストワンマイルとは
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物流には「ラストワンマイル問題」という言葉があります。地球規模の輸送網が整っても、自宅の玄関まで届ける最後の1マイルが、いちばん手間のかかる工程だという話です。AIにも同じ構造があります。AIが8割、9割の品質まで仕上げられるようになっても、最後のひと押しは人の手に残ります。
「ここまで来られる」と「届く」は別の話
幹線道路も、新幹線も、コンテナ船も、地球の裏側から荷物を運んでくる仕組みはできあがりました。それでも、集荷センターから自宅の玄関までの最後の1マイルは、今日もドライバーが1軒ずつ回っています。運ぶ仕組みがどれだけ高度になっても、最後の届け先は変わりません。
この構図をAIに置き換えると、見えてくることがあります。
AIが作るのは、「ほぼ完成品」まで
AIは文章を書き、資料を作り、分析結果をまとめます。速く、一定の品質で、24時間止まらずに。
私の場合、クライアントとの面談の前に、相手の会社の情報、これまでのやりとり、当日話す提案の骨子まではAIが揃えてくれます。「8割はAIが作れる」という感覚は、実感として正しいと思います。
では、残りの2割は何か。それが「届ける」工程です。
面談の席で、相手がどこで頷き、どこで黙るか。用意した提案のうち、今日は話さないほうがいいものはどれか。言葉にしていない不安は何か。ここは事前に決めておけるものではなく、相手を前にして初めて分かります。
AIはここを引き受けられません。
変わったことと、変わらなかったこと
技術が変わるたびに、「これで仕事がなくなる」という声が上がります。インターネットが出てきたとき、スマートフォンが出てきたとき。
実際には、変わったものと変わらなかったものがあります。
インターネットは情報の流通コストを壊しました。ほぼゼロになった。でも「信頼できる相手から聞きたい」という欲求は変わりませんでした。むしろ情報が増えるほど、誰を信じるかが問題になった。
スマートフォンは、いつでも誰とでも連絡が取れるようにしました。それでも、大事な話ほど会って伝えたい、という感覚は消えていません。
変わるのは、「手間がかかるから人がやっていた工程」です。変わらないのは、「人だから成り立つこと」です。
AIが変えるのも、同じ構造です。
人だから成り立つこと
では、「人だから成り立つこと」とは何か。私の仕事で言えば、3つに集約されます。
ひとつは、責任を引き受けることです。AIは謝れません。判断の根拠は説明できても、「私が責任を取ります」と言える主体にはなれない。クライアントへの提案も、社内の合意形成も、最後に名前を出す人間がいて初めて動きます。報告書の内容が外れていたとき、頭を下げるのは私であって、AIではありません。
もうひとつは、相手の状況を読むことです。同じ資料でも、その日その人が忙しいかどうか、この話をどんな文脈で受け取るか、何を怖がっているかで、届け方は変わります。AIは「平均的な相手」に向けて書きます。目の前の一人には、そのままでは届かないことがあります。
そして、関係の上に乗せることです。AIに相談して、その答えで動く人は増えています。ただ、それは「答えの中身が正しそうだ」という信頼です。「あの人が言うなら」は、中身を確かめる前に動ける信頼で、その人と積み重ねた時間の上にしか成り立ちません。その文脈の上に、AIが作ったものを乗せる。それが人の役割です。
8割を作れる時代に、残りの2割で差がつく
AIが「ほぼ完成品」まで作れるようになると、「作る」ことの価値は下がります。誰でも出せるものを出すだけでは、差がつきません。
差がつくのは、その先です。誰に届けるか、どう届けるか、届けた先で何が起きるかまで見ている人と、作ったところで終わっている人の差です。
「AIを使いこなす」という言葉の意味のひとつは、ここにあると思っています。AIが作れる8割、9割は任せてしまい、自分は残りの工程に集中する。それが、ラストワンマイルを担うということです。
運ぶ仕組みが整うほど、最後の1マイルが問われます。AIが強くなるほど、届ける側の価値が際立ってくる。そういう時代の入り口にいると感じています。
AIが置き換える工程と、残る工程については AIによって消えるのは「職業」ではなく、「作業」 も合わせて。コンサルタントとしての仕事観は AI普及後の、コンサルタントという仕事 へ。